2015年04月29日

玉名市伝承の「信牌」長崎の国重文と同種

うわ、凄い。

今日の熊日一面を見て胸が高鳴った。

くまにちコムにも同記事掲載されてますのでリンク貼ります。こちら

読めない場合のために新聞写真も掲載します。取り急ぎなのでスキャンじゃなくて申し訳ありません。
玉名市伝承の「信牌」長崎の国重文と同種

簡潔に説明すると、玉名市の商家に伝承され残っていたものが国指定重要文化財の「長崎奉行所関係資料」の中にあるものと同じ種類のものだということがわかったそうだ。(全国で5つしか現存していない)

その伝承残されたものというのが大きく書いてある『信牌』というものだ。

この記事を読んで気が付かれた方はいらっしゃいますでしょうか。

御番所編で連日公開している私の記事は今日で22話目に入った。

なんとこのタイミングでこの熊日さんの記事か、と運命めいたものも感じますが、ネタばらしを少し書きます。
御番所記事次回(明日PM8時)唐船の長崎送りという題名の絵図を紹介する予定になっている。

その中で長崎送りの唐船は、報告のための査察調書が作られ、その内容の一つにその『信牌』の所持の有る無しと記載していた。

そこでその信牌につて説明文を載せているのでここでは書きません。歴史好きなかたはすでにご存知のことでしょうが、この信牌がなぜ幕府や奉行名で出されてないのかなど理由を書いておりますので明日読んでね!

明日の記事を掲載していたと過去形になっているのは、御番所記事ブログ掲載分は先日40絵図まで書き終え、残すは感想、まとめのみになっています。後は毎日一話ずつ20時に自動公開設定している為そう書いた。

あ、違う違う、御番所ブログの宣伝するのが目的じゃなかった(汗)


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あまりに焦りすぎてご挨拶遅れましたm(__)m
こんにちは!
はじめましての人ははじめまして!

記事の信牌を全文載せます。
玉名市伝承の「信牌」長崎の国重文と同種

そして熊日の記事はこう締めている。
『平岡准教授は「当時のアジア貿易の実態を知る上で一級の資料。玉名の商家に2通も残っていたのは不思議だ」と話し、伝来経緯などを調べる。』

書いてあるように伝来経緯が確定していないようだ。

ここからが本題です。

玉名市伝承の「信牌」長崎の国重文と同種

この信牌は文化2(貮)年(1805)となっている。牛深御番所と関係させると最初の御番所井戸が寛政十三年(1801)2つ目の井戸を掘ったのが文化九年(1812)。

御番所の時代と丁度合致。

なんで御番所と関係させるんだよ!とかは言わないで(*_*;

すでに御番所記事⑪で公開済み。今の牛深瀬崎含む絵図。
玉名市伝承の「信牌」長崎の国重文と同種

もちろんあくまでも仮定であり想像ですよ。
今回熊日さんの記事の信牌と牛深に深い関係があった場合凄いことになりませんか?これが伝来経緯だったら?しかも結構可能性高くないですか?

県立大の平岡准教授に牛深に来て研究をして欲しい。私自身まだ確認はできておりませんが関係古文書牛深にもあると思います。これには天草市も全面協力して欲しいなぁなんて。

御番所ブログ絵図⑪→上げ

結局御番所ブログ宣伝になっちゃった!(・ω<)テヘペロ











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Posted by hirok○ at 22:40│Comments(0)牛深御番所
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