2023年12月26日
牛深への道程
平成31年4月30日 平成最後の日に僕と柚は入籍した。
『令和は明日からですよ』と、提出先の市役所では確認されもした。それでもあえてこの日を選んだ。
当時は今の上皇陛下との繋がりを大事にしたかったと公言してたが、もちろんそれもある。
しかし4月30日は兄の誕生日でもあり、尊敬する兄との繋がりも大事にしたかったというのが本音である。
僕ら兄弟は大人になり恥ずかしさもあり普段あまり話をする関係ではなかったが、作品作りなどを一緒にする機会は多々あった。
言葉は少ないながら兄は後ろ姿で僕を成長させてくれた。

おめでとうLINEのやり取りで二人の雰囲気は伝わるかなと思う。
兄のLINE画像は僕と柚と兄と母で牛深の海へ泳ぎに行ったときに僕が撮った写真だった。
この年、兄の体の異変が発覚する。
一人で検査結果を聞いたときの事をこちらに気を使ってだろう、あっけらかんと話した。死へのイメージなんか感じさせないぐらい。
おそらく今『あのときどうだったの?』と聞けるなら、
石原慎太郎よろしく、
『天の星のように光り輝く映像を眺めながら、これで先生この後どれほどの命ですかねと聞いたよ』と恰好良くいうかもしれない。
医師からその答えを言われたか、言われてないかはわからない。僕らも聞けなかったから。
石原慎太郎は『死の宣告以来、私の神経は引き裂かれたと言うほかない。』と書き残している。書くのもつらいが兄もそうだったに違いない。
そして昨年の今日、兄は亡くなった。
僕ら家族は、一周忌の法要を終わらせ亡くなった事は理解はしていて、前に進まないといけないとはわかってはいても、実際は何も進んでおらず、あの日のままだ。
兄の体調が悪くなり、コロナのワクチン次、打つのやめると聞いてから、私は悲しませないように『ワクチンなんて打つ意味ない』と言って、同じく私もそれ以降回数を増やすことはしなくなった。
新しい事を次々やって、兄がいたころの自分ではなくなるのが兄に対して申し訳ないという気持ちと、兄がいた頃のままでいたいという感情が大きく自分を占める。
正直まだ、兄とのLINEやメールを直視することも難しい。
絵描きの自分が、呆れ笑うほど絵も描けない。今年自分の作品として描いたものは5作品のみ。毎年何百人とひたすら描いていた自分が何もしないまま一年が過ぎた。
前に進むのか、それとも以前に戻る事になるのか、幼少期兄と過ごした牛深へ来月帰住する。
年明け、ありがたいことに、日本劇作家協会が兄の追悼セッションを行ってくれるとのこと。
→河野ミチユキを読む←
兄の残した戯曲の魅力について語り合うイベントらしい。
多くの人に兄の作品の言葉選びの美しさに、裏にある兄の生きた物語に気が付いて好きになってもらいたい。
『令和は明日からですよ』と、提出先の市役所では確認されもした。それでもあえてこの日を選んだ。
当時は今の上皇陛下との繋がりを大事にしたかったと公言してたが、もちろんそれもある。
しかし4月30日は兄の誕生日でもあり、尊敬する兄との繋がりも大事にしたかったというのが本音である。
僕ら兄弟は大人になり恥ずかしさもあり普段あまり話をする関係ではなかったが、作品作りなどを一緒にする機会は多々あった。
言葉は少ないながら兄は後ろ姿で僕を成長させてくれた。

おめでとうLINEのやり取りで二人の雰囲気は伝わるかなと思う。
兄のLINE画像は僕と柚と兄と母で牛深の海へ泳ぎに行ったときに僕が撮った写真だった。
この年、兄の体の異変が発覚する。
一人で検査結果を聞いたときの事をこちらに気を使ってだろう、あっけらかんと話した。死へのイメージなんか感じさせないぐらい。
おそらく今『あのときどうだったの?』と聞けるなら、
石原慎太郎よろしく、
『天の星のように光り輝く映像を眺めながら、これで先生この後どれほどの命ですかねと聞いたよ』と恰好良くいうかもしれない。
医師からその答えを言われたか、言われてないかはわからない。僕らも聞けなかったから。
石原慎太郎は『死の宣告以来、私の神経は引き裂かれたと言うほかない。』と書き残している。書くのもつらいが兄もそうだったに違いない。
そして昨年の今日、兄は亡くなった。
僕ら家族は、一周忌の法要を終わらせ亡くなった事は理解はしていて、前に進まないといけないとはわかってはいても、実際は何も進んでおらず、あの日のままだ。
兄の体調が悪くなり、コロナのワクチン次、打つのやめると聞いてから、私は悲しませないように『ワクチンなんて打つ意味ない』と言って、同じく私もそれ以降回数を増やすことはしなくなった。
新しい事を次々やって、兄がいたころの自分ではなくなるのが兄に対して申し訳ないという気持ちと、兄がいた頃のままでいたいという感情が大きく自分を占める。
正直まだ、兄とのLINEやメールを直視することも難しい。
絵描きの自分が、呆れ笑うほど絵も描けない。今年自分の作品として描いたものは5作品のみ。毎年何百人とひたすら描いていた自分が何もしないまま一年が過ぎた。
前に進むのか、それとも以前に戻る事になるのか、幼少期兄と過ごした牛深へ来月帰住する。
年明け、ありがたいことに、日本劇作家協会が兄の追悼セッションを行ってくれるとのこと。
→河野ミチユキを読む←
兄の残した戯曲の魅力について語り合うイベントらしい。
多くの人に兄の作品の言葉選びの美しさに、裏にある兄の生きた物語に気が付いて好きになってもらいたい。
タグ :日本劇作家協会
2022年12月30日
未だ信じることができない訃報
私の実の兄である劇作家・演出家 河野ミチユキ(通幸)が令和4年12月26日午前6時32分、胃がんのため永眠いたしました。
ここに皆様からの生前のご厚誼に深謝し、謹んでご報告申し上げます。
昭和51年4月30日生まれ 享年47歳
令和元年12月に胃がんが発覚し、翌年1月に胃全摘出手術を行い、その後は再発防止の抗がん剤治療を続けておりましたが令和4年3月再発骨転移、入退院を繰り返しながら10月腹膜播種と厳しい状況にも諦めず、副作用に耐えながら辛い抗がん剤治療を最後まで続けてまいりました。
食事も食べれる量やものを自分で考え細かく調整しながら工夫しながら、私たちの1日でも長く生きて欲しいとの願いに応えるように頑張っていました。食べ物が喉を通らないようになって、体を起こすことが出来なくなって薬も、もう飲む必要が無いと思われても、兄の強い意志で最後の日まで力を振り絞って飲みこんでがんに抗いました。
そして26日自宅にて最愛の妻と母親に看取られながら安らかに息を引き取りました。
通夜は27日、告別式は28日に多くの御参列者様のご協力を頂きまして、つつがなく執り行うことができました。心より深くお礼申し上げます。
告別式まで終わったものの、実際目の前で起こっている事と、気持ちが正直まったく同期していなく、亡くなってしまったことは物理的に理解してはいても、そんなのは嫌だ!と子供みたいに理屈の通らない感情が溢れてきます。
自分の気持ちを整理する為にも、少し長く、乱文になるとは思いますがここに全て気持ちを書き記したいと思います。
兄が代表をしていた劇団ゼロソーには私もデザインや絵・イラストなど多少関わっておりまして、こちらのブログや『あーね』というブログで観劇したときの感想など書いておりました。
兄が書いた多くの物語はまさしく兄の人生そのもので全て兄が経験したことが元になって作られています。
『アクワリウム』の水俣病について考えていた兄の高校時代。牛深から熊本へ出てきていた僕と兄は牛深へ帰省する際時間を合わせて水俣へ行き、そこから船で帰っておりました。その船を待っているときに兄はそんな事を考え、そして考えていたまさにそのとき私は隣にいたという事になります。
ただ早く来ないかなーとか思って待っていた私の隣では、アクワリウムの源になる疑問を考えていた兄に驚かされます。
ゼロソーのお話の中で2つばかり私はマンガ化致しました。
その一つ『チューウィンガム』または『猥々野郎』(共に同内容作品)について書きます。
今では当たり前になりつつあるyoutubeなどの一般の方の生放送・生配信をいち早く題材に取り入れた作品。
元カレから太ったねと言われ別れた事による過食症である女の子(配信者)が主人公。
そこへ配信を盛り上げるためでもあり、同時に主人公を心配して集まる仲間、その人々もまた違う悩みや心の病気を持っていた。
配信が盛り上がると、どうしてもうるさくなってしまい、住んでいる下の階の住人にうるさいと苦情を受ける。
下の住人をなだめる役の方がいたり、主人公にお菓子を食べさせないように自分がお腹を壊してまで無理して食べる方や、心配して生の象徴として毎日卵を持ってきてくれる農家さんとか、毎日大丈夫なのかなと心配して見ている画面の前の視聴者さんとか、登場人物は多数。
あるとき、『こんな放送誰が見てるんだろう?(見る人なんていないだろう)』との質問に多くの視聴者が『見てるよ』と答える。
主人公はこのとき多くの見ているというコメントを見て『自分は生かされている』と言う。
兄の事を書きますと、当時実生活で上の階の暴漢(大麻逮捕歴有前科8犯)に突然襲われ(うるさく等はしておりませんこの部分はもちろん物語とは違います)左手に障害を持ちました。その後精神状態も崩壊寸前だった時に書いた作品です。
実際兄が過食症になったとかは聞いておりません。もしかしたらそうだったのかもしれません。その物語は女性ですが、自分が投影されています。上記した『自分は生かされている』というのは、その襲われたときにいろんな人が助けてくれて、自分は周りの人々に生かされているということをしっかりわかっていて、そのお世話になった人たちに感謝を伝えたかったんだと僕はそのセリフで感じました。クリックにて画像拡大できます。

そして終盤、元カレがちょっとぼっちゃりしている新しい彼女と一緒にいるところを見かけてこっそり見ていると、彼女がくしゃみをして鼻が垂れた。それを見た彼氏は笑ったそうだ。
主人公に太ったねって言った時と同じ笑顔で。
彼氏が言った『太ったね』はぼっちゃり好きな彼氏が傷つけようとした言葉じゃないことに気が付いた。そのシーン。

次に主人公に対して『甘えるな』と言う。ここ。
暴漢に襲われ、なんで自分がこんな目に合うのだと精神が不安定になりながら仕事もまともにできず兄は、なんとか克服しようと歯を食いしばりながら自分に向かって『甘えるな』と脚本を書いた。
それが分かって僕もこのシーン歯を食いしばって涙こらえながら力いっぱい描きました。怒った顔とか苦しむ顔とか何パターンか主人公が『甘えるな』言われたときの表情を書いて兄が選んだのはこのすっと驚いた後の表情でした。これとかまさしく兄っぽくないですか?
次のページ。

『配信本日最終回です』は言い換えると『俺はこの出来事を克服するんだ!弱るのはこれで最後にして区切り付けて前に進むんだ』です。これを感情をあまり出さない顔で言わせるんすよ。これが兄の演出です。
兄の作品について思い出すことはたくさんありすぎて終わらないのですが、ぜひとも書きたい九州戯曲賞大賞を獲った『チッタチッタの抜け殻を満たしてと僕ら』をもう一つだけ書きたいと思います。
コロナが出てくる以前に2014年の3月に『チッタチッタ』は初公演行われているのですが、すでにアマビエを登場させていたり先見の明も◎ですね。
『チッタチッタ』マンガ化したときに兄に寄稿してもらった文章。兄の字が手書きで残っているのも今となっては嬉しい。
やはり幼少期の思い出から物語が出来ており、その当時は私もいたはずなのに何もそんな事思ってなくて兄の凄さにまた驚く。

気恥ずかしくて兄弟同士面と向かて御礼とかもあまり言い合った記憶も無いので、これを見てなんか嬉しく思う。
『チッタチッタ』を観劇したとき私は感想の一部に『いつか牛深の浦島伝説のお話も作って!資料は私がいろいろ持ってるからその時は渡します』と書いた。
『竜宮都市ゴーヘイ』は私の希望も含まれ生まれていた。思い出すと兄弟で話す事は少ないながらもいろいろと愛情を与えてくれてたんだよな。
牛深が物語の舞台である『チッタチッタ』で大賞を獲ったというのもなんか美しいわ。
告別式の前説も過去の公演で兄が録音したものをゼロソーの仲間が流してくれた。間もなく幕が開くという時間が、告別式の時間お昼の1時半と同じで、自分でアナウンスするなんてね。すべてが計算だったのかと思わせる終わらせ方。
もう美しすぎるね。
兄にはいろいろと学ばせてもらいました。
大賞とったときの私のブログ記事↓
高度に発達した大賞は魔法と見分けがつかない
弟だから言うとかじゃなくて、まじ兄って本物の天才だったんすよ。
もっかい言いたいからいうよ。
兄はね、控えめに言って天才だったんです。
もっと一緒にやりたいことまだまだあったし、兄がいない世界を想像してなかったしできない。
書きたいことはたくさんありますが、この辺りにしておきます。
残りは私の過去のブログで兄を思い出していただけると嬉しく思います。
兄へチッタチッタのマンガのネーム描いているときに相談したときの驚きエピソード↓
続・『竜宮都市ゴーヘイ』
『いやぁ、歌ってのはあんまり歌詞はその、どうだっていいんですよね。』の意味↓
絵を描くということ-序章
↑
この時に描いたモデルさんが後に兄の妻へなるなんて想像もしてませんでした。こういうのも美しい。
最後に亡くなる数日前兄は私の小6の頃の思い出を語ってくれました。幼少期共に育った牛深にはマクドナルドが無く、小6だった私が熊本市内へ部活の遠征へ行った帰りにマクドナルドのポテトを買ってきたそうだ。それがとても美味しくてと。
言われて30年前の記憶が蘇りました。そう言えば兄の机にはその後マクドナルドの赤いポテトの箱があったのを鮮明に思い出しました。
闘病生活の中で食べ物が喉を通らなくなってきた時にマクドナルドのポテトは食べれると何度か食べていました。兄はその時に幼少期のその事を思い出していたのでしょうか。
私はこれから先マクドナルドのポテトを食べる度に兄を思い出すに違いありません。
演出指示を出している兄、照明操作卓を触ってる兄、演劇台本を考えている兄、そしてポテトを食べる兄。いつも笑ってる笑顔しか思い出せません。
これを読んでくださっている方々それぞれに兄の姿があると思います。ツイッターなどでも兄の事を書いてくださっているものは可能な限り拝見したく思っています。兄も読んでると思います。兄に代わり厚く御礼を申し上げます。
これまで兄を支えてくださった皆様に厚く御礼を申し上げます。
ここに皆様からの生前のご厚誼に深謝し、謹んでご報告申し上げます。
昭和51年4月30日生まれ 享年47歳
令和元年12月に胃がんが発覚し、翌年1月に胃全摘出手術を行い、その後は再発防止の抗がん剤治療を続けておりましたが令和4年3月再発骨転移、入退院を繰り返しながら10月腹膜播種と厳しい状況にも諦めず、副作用に耐えながら辛い抗がん剤治療を最後まで続けてまいりました。
食事も食べれる量やものを自分で考え細かく調整しながら工夫しながら、私たちの1日でも長く生きて欲しいとの願いに応えるように頑張っていました。食べ物が喉を通らないようになって、体を起こすことが出来なくなって薬も、もう飲む必要が無いと思われても、兄の強い意志で最後の日まで力を振り絞って飲みこんでがんに抗いました。
そして26日自宅にて最愛の妻と母親に看取られながら安らかに息を引き取りました。
通夜は27日、告別式は28日に多くの御参列者様のご協力を頂きまして、つつがなく執り行うことができました。心より深くお礼申し上げます。
告別式まで終わったものの、実際目の前で起こっている事と、気持ちが正直まったく同期していなく、亡くなってしまったことは物理的に理解してはいても、そんなのは嫌だ!と子供みたいに理屈の通らない感情が溢れてきます。
自分の気持ちを整理する為にも、少し長く、乱文になるとは思いますがここに全て気持ちを書き記したいと思います。
兄が代表をしていた劇団ゼロソーには私もデザインや絵・イラストなど多少関わっておりまして、こちらのブログや『あーね』というブログで観劇したときの感想など書いておりました。
兄が書いた多くの物語はまさしく兄の人生そのもので全て兄が経験したことが元になって作られています。
『アクワリウム』の水俣病について考えていた兄の高校時代。牛深から熊本へ出てきていた僕と兄は牛深へ帰省する際時間を合わせて水俣へ行き、そこから船で帰っておりました。その船を待っているときに兄はそんな事を考え、そして考えていたまさにそのとき私は隣にいたという事になります。
ただ早く来ないかなーとか思って待っていた私の隣では、アクワリウムの源になる疑問を考えていた兄に驚かされます。
ゼロソーのお話の中で2つばかり私はマンガ化致しました。
その一つ『チューウィンガム』または『猥々野郎』(共に同内容作品)について書きます。
今では当たり前になりつつあるyoutubeなどの一般の方の生放送・生配信をいち早く題材に取り入れた作品。
元カレから太ったねと言われ別れた事による過食症である女の子(配信者)が主人公。
そこへ配信を盛り上げるためでもあり、同時に主人公を心配して集まる仲間、その人々もまた違う悩みや心の病気を持っていた。
配信が盛り上がると、どうしてもうるさくなってしまい、住んでいる下の階の住人にうるさいと苦情を受ける。
下の住人をなだめる役の方がいたり、主人公にお菓子を食べさせないように自分がお腹を壊してまで無理して食べる方や、心配して生の象徴として毎日卵を持ってきてくれる農家さんとか、毎日大丈夫なのかなと心配して見ている画面の前の視聴者さんとか、登場人物は多数。
あるとき、『こんな放送誰が見てるんだろう?(見る人なんていないだろう)』との質問に多くの視聴者が『見てるよ』と答える。
主人公はこのとき多くの見ているというコメントを見て『自分は生かされている』と言う。
兄の事を書きますと、当時実生活で上の階の暴漢(大麻逮捕歴有前科8犯)に突然襲われ(うるさく等はしておりませんこの部分はもちろん物語とは違います)左手に障害を持ちました。その後精神状態も崩壊寸前だった時に書いた作品です。
実際兄が過食症になったとかは聞いておりません。もしかしたらそうだったのかもしれません。その物語は女性ですが、自分が投影されています。上記した『自分は生かされている』というのは、その襲われたときにいろんな人が助けてくれて、自分は周りの人々に生かされているということをしっかりわかっていて、そのお世話になった人たちに感謝を伝えたかったんだと僕はそのセリフで感じました。クリックにて画像拡大できます。

そして終盤、元カレがちょっとぼっちゃりしている新しい彼女と一緒にいるところを見かけてこっそり見ていると、彼女がくしゃみをして鼻が垂れた。それを見た彼氏は笑ったそうだ。
主人公に太ったねって言った時と同じ笑顔で。
彼氏が言った『太ったね』はぼっちゃり好きな彼氏が傷つけようとした言葉じゃないことに気が付いた。そのシーン。

次に主人公に対して『甘えるな』と言う。ここ。
暴漢に襲われ、なんで自分がこんな目に合うのだと精神が不安定になりながら仕事もまともにできず兄は、なんとか克服しようと歯を食いしばりながら自分に向かって『甘えるな』と脚本を書いた。
それが分かって僕もこのシーン歯を食いしばって涙こらえながら力いっぱい描きました。怒った顔とか苦しむ顔とか何パターンか主人公が『甘えるな』言われたときの表情を書いて兄が選んだのはこのすっと驚いた後の表情でした。これとかまさしく兄っぽくないですか?
次のページ。

『配信本日最終回です』は言い換えると『俺はこの出来事を克服するんだ!弱るのはこれで最後にして区切り付けて前に進むんだ』です。これを感情をあまり出さない顔で言わせるんすよ。これが兄の演出です。
兄の作品について思い出すことはたくさんありすぎて終わらないのですが、ぜひとも書きたい九州戯曲賞大賞を獲った『チッタチッタの抜け殻を満たしてと僕ら』をもう一つだけ書きたいと思います。
コロナが出てくる以前に2014年の3月に『チッタチッタ』は初公演行われているのですが、すでにアマビエを登場させていたり先見の明も◎ですね。
『チッタチッタ』マンガ化したときに兄に寄稿してもらった文章。兄の字が手書きで残っているのも今となっては嬉しい。
やはり幼少期の思い出から物語が出来ており、その当時は私もいたはずなのに何もそんな事思ってなくて兄の凄さにまた驚く。

気恥ずかしくて兄弟同士面と向かて御礼とかもあまり言い合った記憶も無いので、これを見てなんか嬉しく思う。
『チッタチッタ』を観劇したとき私は感想の一部に『いつか牛深の浦島伝説のお話も作って!資料は私がいろいろ持ってるからその時は渡します』と書いた。
『竜宮都市ゴーヘイ』は私の希望も含まれ生まれていた。思い出すと兄弟で話す事は少ないながらもいろいろと愛情を与えてくれてたんだよな。
牛深が物語の舞台である『チッタチッタ』で大賞を獲ったというのもなんか美しいわ。
告別式の前説も過去の公演で兄が録音したものをゼロソーの仲間が流してくれた。間もなく幕が開くという時間が、告別式の時間お昼の1時半と同じで、自分でアナウンスするなんてね。すべてが計算だったのかと思わせる終わらせ方。
もう美しすぎるね。
兄にはいろいろと学ばせてもらいました。
大賞とったときの私のブログ記事↓
高度に発達した大賞は魔法と見分けがつかない
弟だから言うとかじゃなくて、まじ兄って本物の天才だったんすよ。
もっかい言いたいからいうよ。
兄はね、控えめに言って天才だったんです。
もっと一緒にやりたいことまだまだあったし、兄がいない世界を想像してなかったしできない。
書きたいことはたくさんありますが、この辺りにしておきます。
残りは私の過去のブログで兄を思い出していただけると嬉しく思います。
兄へチッタチッタのマンガのネーム描いているときに相談したときの驚きエピソード↓
続・『竜宮都市ゴーヘイ』
『いやぁ、歌ってのはあんまり歌詞はその、どうだっていいんですよね。』の意味↓
絵を描くということ-序章
↑
この時に描いたモデルさんが後に兄の妻へなるなんて想像もしてませんでした。こういうのも美しい。
最後に亡くなる数日前兄は私の小6の頃の思い出を語ってくれました。幼少期共に育った牛深にはマクドナルドが無く、小6だった私が熊本市内へ部活の遠征へ行った帰りにマクドナルドのポテトを買ってきたそうだ。それがとても美味しくてと。
言われて30年前の記憶が蘇りました。そう言えば兄の机にはその後マクドナルドの赤いポテトの箱があったのを鮮明に思い出しました。
闘病生活の中で食べ物が喉を通らなくなってきた時にマクドナルドのポテトは食べれると何度か食べていました。兄はその時に幼少期のその事を思い出していたのでしょうか。
私はこれから先マクドナルドのポテトを食べる度に兄を思い出すに違いありません。
演出指示を出している兄、照明操作卓を触ってる兄、演劇台本を考えている兄、そしてポテトを食べる兄。いつも笑ってる笑顔しか思い出せません。
これを読んでくださっている方々それぞれに兄の姿があると思います。ツイッターなどでも兄の事を書いてくださっているものは可能な限り拝見したく思っています。兄も読んでると思います。兄に代わり厚く御礼を申し上げます。
これまで兄を支えてくださった皆様に厚く御礼を申し上げます。
2015年12月10日
父と暮らせばにひとこと言いたい
こんにちは!
はじめましての人ははじめまして!
今週まで熊本の健軍で劇団ゼロソー公演やっています。
井上ひさし作 『父と暮せば』
井上ひさしの名作をこの機会に是非。
来年は本渡市民センターでの公演も決定しています。
舞台は何度見ても面白い。数メートル目の前で演じる役者さん達の息遣いを感じてみてください。
私も金曜か土曜の公演を見に行く予定にしてます。
ということでその舞台のワンシーンを速描しました。
後編につづく
*.♪★*・゜・*♪*.♪★*・゜*.♪★*・゜・*♪*.♪★*・゜*.♪★*・゜・*♪*.♪★*・゜*.♪
あらすじと同時に御覧ください。
「うちはしあわせになってはいけんのじゃ」
愛する者たちを原爆で失った美津江は、一人だけ生き残った負い目から、恋のときめきからも身を引こうとする。そんな娘を思いやるあまり「恋の応援団長」をかってでて励ます父・竹造は、実はもはやこの世の人ではない――。
「わしの分まで生きてちょんだいよォー」
父の願いが、ついに底なしの絶望から娘をよみがえらせる、魂の再生の物語。

このシーンを見に来て!
残る公演日は

チケットはこちらをクリック↓
http://stage.corich.jp/stage_detail.php?stage_main_id=55247
小道具までこだわって作って有ります。
泣けます。
演出も音楽も泣けます。ハードル上げてるわけじゃないです。
ほんとにいい作品になっておりますので多くの方に観ていただきたいと思うのです。
はじめましての人ははじめまして!
今週まで熊本の健軍で劇団ゼロソー公演やっています。
井上ひさし作 『父と暮せば』
井上ひさしの名作をこの機会に是非。
来年は本渡市民センターでの公演も決定しています。
舞台は何度見ても面白い。数メートル目の前で演じる役者さん達の息遣いを感じてみてください。
私も金曜か土曜の公演を見に行く予定にしてます。
ということでその舞台のワンシーンを速描しました。
後編につづく
*.♪★*・゜・*♪*.♪★*・゜*.♪★*・゜・*♪*.♪★*・゜*.♪★*・゜・*♪*.♪★*・゜*.♪
あらすじと同時に御覧ください。
「うちはしあわせになってはいけんのじゃ」
愛する者たちを原爆で失った美津江は、一人だけ生き残った負い目から、恋のときめきからも身を引こうとする。そんな娘を思いやるあまり「恋の応援団長」をかってでて励ます父・竹造は、実はもはやこの世の人ではない――。
「わしの分まで生きてちょんだいよォー」
父の願いが、ついに底なしの絶望から娘をよみがえらせる、魂の再生の物語。

このシーンを見に来て!
残る公演日は

チケットはこちらをクリック↓
http://stage.corich.jp/stage_detail.php?stage_main_id=55247
小道具までこだわって作って有ります。
泣けます。
演出も音楽も泣けます。ハードル上げてるわけじゃないです。
ほんとにいい作品になっておりますので多くの方に観ていただきたいと思うのです。
2015年12月03日
近況報告に到る病
こんにちは!
はじめましての人ははじめまして!
先月から一ヶ月ひたすら描き続けていた絵がありまして、なんとか先ほど完成に目処が立ちました。
ふぅ。一息ついたところです。
そんな時間がない中、またもや弾丸日帰りで2回ほど牛深へ帰ったりしてました。
牛深では先週はえびす祭りと今週はあかね市ですね。賑わうことでしょう。あかね市へも行きたかったのですがこの時期イベントが重なりすぎです。断念。
「絵で見る江戸時代の牛深」の本はおかげさまで随分購入していただきました。ありがとうございました。
大変満足いたしております。
寄贈先へもすべて手配が完了いたしました。各図書館なんかでも読めます。ご興味わかれた方は借りて読んでみてください。
本渡の歴史民俗資料館ではなんとお礼の品まで頂きまして大変ありがとうございました。

もう、ふろしきとかめちゃめちゃ欲しかったんですよ。なんで俺の好みがわかったんですか!
これはけっこうな値段するな。バックとかやめて風呂敷いつも持ち歩こうかなとか思ってます。
その後牛深ネタもいろんな方がご連絡くださいまして、新たに集まりつつあります。その他史料やお話聞きにきてもいいよって方はご連絡ください。牛深の歴史を語り継いでいくお手伝いをさせてください(^^)
会う方会う方当たり前のように第3弾第4弾と私が本を出すように思ってらっしゃって、これで終わりだったはずなのにどうしようかなーとか揺らいでもいます。できるかぎりはやるしかないなと思い直してる次第です。ただ時間がほんとなくって。。。
*.♪★*・゜・*♪*.♪★*・゜*.♪★*・゜・*♪*.♪★*・゜*.♪★*・゜・*♪*.♪★*・゜*.♪
劇団ゼロソーのお話。
先月はTVニュースや県のHPとか熊日さんでも何度も特集記事が載ってましたね。スゴイスゴイ。ブレイクしてる!?しつつある?!
一ヶ月間で複数の劇団を呼んで演劇祭を行っていました。そのうち2作見に行きました。
ゼロソーの嫉妬(ラ・ジャルジー)は違う場所で一度見たことがあったのですが、今回のはとても綺麗でした。
あの白い照明に女優さんが照らされるシーン、ここ絵に描きたい!ってほんと思いました。写真なんか撮れないから演劇というのは毎回違うその場の一回限りの芸術なんだなぁと儚くその魅力は計り知れない。
休む間もなく、今週末からは「父と暮せば」公演が始まる。
今映画であってる「母と暮らせば」の元になっている井上ひさし作の演劇。
これはまた面白いぞ!
井上ひさし事務所からの公演許可が正式に下りて戦後70周年にこの題材。来年は小中学校公演も予定されてるとか。
実は!!!

公演のチラシなど広告関係のデザイン私に依頼がありましてやらせていただきました(写真右)。和風の題材には私の絵柄はよく似合う。
そしてさらにゼロソー次回公演は「竜宮都市ゴーヘイ」(写真左)。
牛深の浦島伝説からなにか物語を作って欲しいと伝えていたためでしょう。
牛深の船乗りなら「ゴーヘイ」も馴染みの深い言葉ですよね。どのようなお話かというと宣材から転載致します。
九州戯曲賞大賞作家の最新作!乞うご期待!
わたしも楽しみで仕方ありません。うー早く見たいー!!!
はじめましての人ははじめまして!
先月から一ヶ月ひたすら描き続けていた絵がありまして、なんとか先ほど完成に目処が立ちました。
ふぅ。一息ついたところです。
そんな時間がない中、またもや弾丸日帰りで2回ほど牛深へ帰ったりしてました。
牛深では先週はえびす祭りと今週はあかね市ですね。賑わうことでしょう。あかね市へも行きたかったのですがこの時期イベントが重なりすぎです。断念。
「絵で見る江戸時代の牛深」の本はおかげさまで随分購入していただきました。ありがとうございました。
大変満足いたしております。
寄贈先へもすべて手配が完了いたしました。各図書館なんかでも読めます。ご興味わかれた方は借りて読んでみてください。
本渡の歴史民俗資料館ではなんとお礼の品まで頂きまして大変ありがとうございました。

もう、ふろしきとかめちゃめちゃ欲しかったんですよ。なんで俺の好みがわかったんですか!
これはけっこうな値段するな。バックとかやめて風呂敷いつも持ち歩こうかなとか思ってます。
その後牛深ネタもいろんな方がご連絡くださいまして、新たに集まりつつあります。その他史料やお話聞きにきてもいいよって方はご連絡ください。牛深の歴史を語り継いでいくお手伝いをさせてください(^^)
会う方会う方当たり前のように第3弾第4弾と私が本を出すように思ってらっしゃって、これで終わりだったはずなのにどうしようかなーとか揺らいでもいます。できるかぎりはやるしかないなと思い直してる次第です。ただ時間がほんとなくって。。。
*.♪★*・゜・*♪*.♪★*・゜*.♪★*・゜・*♪*.♪★*・゜*.♪★*・゜・*♪*.♪★*・゜*.♪
劇団ゼロソーのお話。
先月はTVニュースや県のHPとか熊日さんでも何度も特集記事が載ってましたね。スゴイスゴイ。ブレイクしてる!?しつつある?!
一ヶ月間で複数の劇団を呼んで演劇祭を行っていました。そのうち2作見に行きました。
ゼロソーの嫉妬(ラ・ジャルジー)は違う場所で一度見たことがあったのですが、今回のはとても綺麗でした。
あの白い照明に女優さんが照らされるシーン、ここ絵に描きたい!ってほんと思いました。写真なんか撮れないから演劇というのは毎回違うその場の一回限りの芸術なんだなぁと儚くその魅力は計り知れない。
休む間もなく、今週末からは「父と暮せば」公演が始まる。
今映画であってる「母と暮らせば」の元になっている井上ひさし作の演劇。
これはまた面白いぞ!
井上ひさし事務所からの公演許可が正式に下りて戦後70周年にこの題材。来年は小中学校公演も予定されてるとか。
実は!!!

公演のチラシなど広告関係のデザイン私に依頼がありましてやらせていただきました(写真右)。和風の題材には私の絵柄はよく似合う。
そしてさらにゼロソー次回公演は「竜宮都市ゴーヘイ」(写真左)。
牛深の浦島伝説からなにか物語を作って欲しいと伝えていたためでしょう。
牛深の船乗りなら「ゴーヘイ」も馴染みの深い言葉ですよね。どのようなお話かというと宣材から転載致します。
『外貨は欲しい
でも国内にカジノを作るのはなんだか気が引ける。
治安も悪くなりそうだし。
そんなクサい物にフタな発想から誕生したのが、
海上移動施型カジノ施設「ゴーヘイ」だった。
「ゴーヘイ」は日本各地の専用港を数年に1回ペースで点々とし、
繋留都市に多大な富を落としていく。
この浮島は、だれのもの?
ゴーヘイ住民と本土民との、
友好と疑惑が水面下ーーー
いや、海面下?で渦巻くものがたり』
でも国内にカジノを作るのはなんだか気が引ける。
治安も悪くなりそうだし。
そんなクサい物にフタな発想から誕生したのが、
海上移動施型カジノ施設「ゴーヘイ」だった。
「ゴーヘイ」は日本各地の専用港を数年に1回ペースで点々とし、
繋留都市に多大な富を落としていく。
この浮島は、だれのもの?
ゴーヘイ住民と本土民との、
友好と疑惑が水面下ーーー
いや、海面下?で渦巻くものがたり』
九州戯曲賞大賞作家の最新作!乞うご期待!
わたしも楽しみで仕方ありません。うー早く見たいー!!!
タグ :牛深
2015年08月01日
高度に発達した大賞は魔法と見分けがつかない
こんにちは!
はじめましての人ははじめまして!
今回の記事は少しこっ恥ずかしい記事になりそうだなwと書く前から思っていながら天草の方々に伝えたくて書きます。今までも結構赤裸々に書いてきたので恥ずかしながら書きましょう。身内が書いてるのでギャグぐらいに思ってください。
昨日の熊日新聞の芸能欄を読まれましたでしょうか。

顔写真は本人が恥ずかしいかもしれませんので替えました。
何度かこのブログに書かせてもらっている熊本の劇団ゼロソーの代表の方が九州戯曲賞で大賞を受賞された。
九州でてっぺんをとったということだろう。
恥ずかしながらと書いたのは、ご存知の方もいらっしゃると思いますが実はこの代表は私の兄なのです。
私も兄も高校から牛深を離れ熊本に来た。学生の頃は一緒に住んでいたりして近すぎて兄のことが見えていなかった。
約10年ぐらい前別々に住むようになったことがきっかけで兄を一人の表現者として見るようになった。
だんだんと身内なんですけど遠くにいる存在になっていった。
一昨年兄が書いた物語をマンガとして私が描く機会があったのですが、マンガ化するためにもちろん僕自身がその物語を深く理解する必要があった。このときにはじめて兄の作品に深く触れる事になった。
その作品「わいわいやろう」はこちらで買えます↓
家族だからわかることが、もしくは家族しかわからないことがたくさんあり、その物語は一見するとそう見えないが兄自身の人生そのものなんだとわかった。
その事に気がついてから、それよりも以前に兄が書いた物語を思い返してみるとそれらもまた同じ兄の人生だった。
家族という近い存在でありながら僕は何を見ていたんだって思った。僕自身も物語を作るということはやっていたが兄の物語を理解してみて、「こんな物語書く人がいるんなら僕は逆立ちしても勝てない」と悟り、物語を作るのを諦めて、兄が作ったすべての物語のマンガ化の権利を貰った。
このことから僕は兄を【熊本の宮藤官九郎】と呼ぶようになった。
学生の頃は東京へ行きたいと言っていたのを家族全員で引き止め熊本へ留まった。
それでも兄は熊本の文化の向上という目標にシフトし、自身の劇団の公演や熊本市の子供劇団を統括したり現市民会館のこけら落とし舞台には演出も勤めあげ、熊本の演劇界を第一線で駆け抜けている。
そして今回の大賞である。
兄は賞レースというものにあまり興味がなかったように思ってた。兄はつねづね自分に賞は無縁のものだと言っていた。
大きな器の人は別に賞なんて欲しいと思っていなくて、しかして応募すると簡単に賞をかっさらっていく。そういう人と同じなんだなってこれもほんと普通じゃないと思った。誤解がないように書くとほんとに簡単に賞を獲れるなんてあるはずもなく今回の賞も簡単にはいかなかった苦労話は聞いている。
受賞した作品は「チッタチッタの抜け殻を満たして、と僕ら」という作品。
このブログを以前から見てくださっている方は初めて見る題名ではないと思う。
熊本公演時の僕の感想は→こちら
新聞記事には熊本天草市出身と書いてありましたがもちろん天草市牛深出身でございます。
この物語は牛深を舞台に書かれている。
熊本公演時のポスターなどの背景は私が牛深を描いております。
それが牛深第五景↓
牛深を舞台にした物語で九州一を獲ったというのが嬉しいじゃないですか。
僕が牛深八景を描く前から兄の心には牛深があり、しっかり牛深へ気持ちを届けていた。
【熊本の宮藤官九郎】と呼ぶのはこれにてやめます。
今回改めまして【九州の宮藤官九郎】と格上げをさせていただきます。しかし私はわかっていますよ。いつの日か必ず【日本の、そして世界の宮藤官九郎】になるのは間違いないと。
あれ?日本の?世界の?宮藤官九郎っておかしくないか?と落ちが付いた所でおしまいに致します。あはは。
*.♪★*・゜・*♪*.♪★*・゜*.♪★*・゜・*♪*.♪★*・゜*.♪★*・゜・*♪*.♪。★*・゜*.♪
あーーーーと、随分「絵で見る~」の出版が遅れていまして申し訳ございません。
実は校正の方を上に書きました兄へお願いしておりまして、兄は多忙すぎて少しずつしか校正が出来ない上、私の文章が稚拙なため変更箇所が多く大変な作業になっております。
もうしばらくお時間をください。九州一の劇作家に校正をお願いしてるんだもの良い本にきっとなる!
何卒よろしくお願いいたしますm(__)m
あとこちらで申し訳ございませんが、熊日の牛深販売所の方が上の新聞記事を読んで牛深出身だと気付きキレイに印刷した物を母のところへ届けてくれたそうだ。いやぁよくわかりましたね。牛深なんて書いてなかったのに、やっぱり新聞関係者は読む力が凄いなって思いました。兄に変わりまして厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。
そして兄におめでとうですね!
はじめましての人ははじめまして!
今回の記事は少しこっ恥ずかしい記事になりそうだなwと書く前から思っていながら天草の方々に伝えたくて書きます。今までも結構赤裸々に書いてきたので恥ずかしながら書きましょう。身内が書いてるのでギャグぐらいに思ってください。
昨日の熊日新聞の芸能欄を読まれましたでしょうか。

顔写真は本人が恥ずかしいかもしれませんので替えました。
何度かこのブログに書かせてもらっている熊本の劇団ゼロソーの代表の方が九州戯曲賞で大賞を受賞された。
九州でてっぺんをとったということだろう。
恥ずかしながらと書いたのは、ご存知の方もいらっしゃると思いますが実はこの代表は私の兄なのです。
私も兄も高校から牛深を離れ熊本に来た。学生の頃は一緒に住んでいたりして近すぎて兄のことが見えていなかった。
約10年ぐらい前別々に住むようになったことがきっかけで兄を一人の表現者として見るようになった。
だんだんと身内なんですけど遠くにいる存在になっていった。
一昨年兄が書いた物語をマンガとして私が描く機会があったのですが、マンガ化するためにもちろん僕自身がその物語を深く理解する必要があった。このときにはじめて兄の作品に深く触れる事になった。
その作品「わいわいやろう」はこちらで買えます↓
家族だからわかることが、もしくは家族しかわからないことがたくさんあり、その物語は一見するとそう見えないが兄自身の人生そのものなんだとわかった。
その事に気がついてから、それよりも以前に兄が書いた物語を思い返してみるとそれらもまた同じ兄の人生だった。
家族という近い存在でありながら僕は何を見ていたんだって思った。僕自身も物語を作るということはやっていたが兄の物語を理解してみて、「こんな物語書く人がいるんなら僕は逆立ちしても勝てない」と悟り、物語を作るのを諦めて、兄が作ったすべての物語のマンガ化の権利を貰った。
このことから僕は兄を【熊本の宮藤官九郎】と呼ぶようになった。
学生の頃は東京へ行きたいと言っていたのを家族全員で引き止め熊本へ留まった。
それでも兄は熊本の文化の向上という目標にシフトし、自身の劇団の公演や熊本市の子供劇団を統括したり現市民会館のこけら落とし舞台には演出も勤めあげ、熊本の演劇界を第一線で駆け抜けている。
そして今回の大賞である。
兄は賞レースというものにあまり興味がなかったように思ってた。兄はつねづね自分に賞は無縁のものだと言っていた。
大きな器の人は別に賞なんて欲しいと思っていなくて、しかして応募すると簡単に賞をかっさらっていく。そういう人と同じなんだなってこれもほんと普通じゃないと思った。誤解がないように書くとほんとに簡単に賞を獲れるなんてあるはずもなく今回の賞も簡単にはいかなかった苦労話は聞いている。
受賞した作品は「チッタチッタの抜け殻を満たして、と僕ら」という作品。
このブログを以前から見てくださっている方は初めて見る題名ではないと思う。
熊本公演時の僕の感想は→こちら
新聞記事には熊本天草市出身と書いてありましたがもちろん天草市牛深出身でございます。
この物語は牛深を舞台に書かれている。
熊本公演時のポスターなどの背景は私が牛深を描いております。
それが牛深第五景↓
牛深を舞台にした物語で九州一を獲ったというのが嬉しいじゃないですか。
僕が牛深八景を描く前から兄の心には牛深があり、しっかり牛深へ気持ちを届けていた。
【熊本の宮藤官九郎】と呼ぶのはこれにてやめます。
今回改めまして【九州の宮藤官九郎】と格上げをさせていただきます。しかし私はわかっていますよ。いつの日か必ず【日本の、そして世界の宮藤官九郎】になるのは間違いないと。
あれ?日本の?世界の?宮藤官九郎っておかしくないか?と落ちが付いた所でおしまいに致します。あはは。
*.♪★*・゜・*♪*.♪★*・゜*.♪★*・゜・*♪*.♪★*・゜*.♪★*・゜・*♪*.♪。★*・゜*.♪
あーーーーと、随分「絵で見る~」の出版が遅れていまして申し訳ございません。
実は校正の方を上に書きました兄へお願いしておりまして、兄は多忙すぎて少しずつしか校正が出来ない上、私の文章が稚拙なため変更箇所が多く大変な作業になっております。
もうしばらくお時間をください。九州一の劇作家に校正をお願いしてるんだもの良い本にきっとなる!
何卒よろしくお願いいたしますm(__)m
あとこちらで申し訳ございませんが、熊日の牛深販売所の方が上の新聞記事を読んで牛深出身だと気付きキレイに印刷した物を母のところへ届けてくれたそうだ。いやぁよくわかりましたね。牛深なんて書いてなかったのに、やっぱり新聞関係者は読む力が凄いなって思いました。兄に変わりまして厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。
そして兄におめでとうですね!
タグ :ゼロソー
2015年01月28日
熊本県の天草,牛深の義務ナジウム
26日の熊日の新生面に大変驚いた。

(クリックにて大きな画像)
先日私が観劇してこのブログでもご紹介した義務ナジウムの事が書いてあった。あの新生面にだ。
ここって国を代表する偉人の言葉や国家単位で今まさに起こっている出来事などが書かれる場所でしょ。
初見さんにも優しいブログ(笑)を目指すということで繰り返しますが、この記事中『在熊劇団の主宰者が書いた脚本』この脚本を書いた主宰者が牛深出身の方なのです。これは凄いの通り越した。物凄く凄いw
毎回この劇団の演劇を見て私が思うことは、一見日常の中の出来事のようでその作者の根底には牛深があり、そしてそこから日本という国を見てると感じてた。
新生面を書かれた方も観劇されそう感じられたということでしょう。
黄昏に緋を穿つ♫ 牛深の弓矢~♪
*.♪★*・゜・*♪*.♪★*・゜*.♪★*・゜・*♪*.♪★*・゜*.♪★*・゜・*♪*.
こんにちは!
はじめましての人ははじめまして!
前半以外にも前回熊日さんの記事載せてましたが、熊本公演の後にも記事が載ってましたので記録のためにご紹介致します。

(クリックにて大きな画像)
東京公演は東京熊本県人会でも告知され、連日満員だったそうだ。

今回名実ともに熊本県を代表する劇団と認められたという事でしょう。
関係者の皆様お疲れ様でございました。さらなるご活躍を。
(追伸)
ちなみに以前書きましたがその劇団の『チッタチッタの抜け殻を満たして、と僕ら』のときのポスターなどの夕陽は私が描きました。そのチッタチッタのお話はほんとに少しずつwアニメ化するため動いていますwその他の物語もマンガ化の権利を頂いておりますので全部私がマンガにするのだ!気長にゆっくりゆっくりお待ちください
なw

(クリックにて大きな画像)
先日私が観劇してこのブログでもご紹介した義務ナジウムの事が書いてあった。あの新生面にだ。
ここって国を代表する偉人の言葉や国家単位で今まさに起こっている出来事などが書かれる場所でしょ。
初見さんにも優しいブログ(笑)を目指すということで繰り返しますが、この記事中『在熊劇団の主宰者が書いた脚本』この脚本を書いた主宰者が牛深出身の方なのです。これは凄いの通り越した。物凄く凄いw
毎回この劇団の演劇を見て私が思うことは、一見日常の中の出来事のようでその作者の根底には牛深があり、そしてそこから日本という国を見てると感じてた。
新生面を書かれた方も観劇されそう感じられたということでしょう。
黄昏に緋を穿つ♫ 牛深の弓矢~♪
*.♪★*・゜・*♪*.♪★*・゜*.♪★*・゜・*♪*.♪★*・゜*.♪★*・゜・*♪*.
こんにちは!
はじめましての人ははじめまして!
前半以外にも前回熊日さんの記事載せてましたが、熊本公演の後にも記事が載ってましたので記録のためにご紹介致します。

(クリックにて大きな画像)
東京公演は東京熊本県人会でも告知され、連日満員だったそうだ。

今回名実ともに熊本県を代表する劇団と認められたという事でしょう。
関係者の皆様お疲れ様でございました。さらなるご活躍を。
(追伸)
ちなみに以前書きましたがその劇団の『チッタチッタの抜け殻を満たして、と僕ら』のときのポスターなどの夕陽は私が描きました。そのチッタチッタのお話はほんとに少しずつwアニメ化するため動いていますwその他の物語もマンガ化の権利を頂いておりますので全部私がマンガにするのだ!気長にゆっくりゆっくりお待ちください
なw
タグ :義務ナジウム
2015年01月19日
僕の私の義務ナジウム
こんにちわ!
はじめましての人ははじめまして!
最近あることがあって絵の調子がすこぶる悪くて全く描けない・・・自分では描きたいのか描きたくないのかもわからない。
過去最大の絶不調というわけですよ。ほんと笑えない。もともと見に行く予定でしたが何か変わるきっかけを貰えるかもしれないと少し期待を持って行って来ました。

15日の熊日の芸能欄に載っておりました上の記事。
熊本の劇団ゼロソーの主宰が牛深出身で観劇に行くと毎回感想を書いております。
今回はゼロソーさんの演劇ではありませんが、そのゼロソー主宰の方の脚本を東京の第一線で活躍されている演出家さんが演出をされた。この演出家さんは宮崎出身で熊大を卒業後熊日で記者を4年ほどされた後東京に移られたそうだ。
主催は文化庁と日本劇団協議会で地方の芸術団体のレベルアップを図るという目的で国の予算が出てるとのこと。国も良い事業やってるんだな。
楽しみにしておりましたので17日の夜と18日のお昼と2回行って来ました。
*.♪★*・゜・*♪*.♪★*・゜*.♪★*・゜・*♪*.♪★*・゜*.♪★*・゜・*♪*.
過疎化の問題にスカッシュというスポーツを使って町興しを考えている陸の孤島・美女都村。
その村にはいくつかの昔から伝わる風習や決まり事があった。その風習が現代にはそぐわないところがありどうしても認めたくない外部から嫁ぎに来た人と伝統だから守らなければならないという地元の人たちの間での物語。
九州の山奥という設定だったけど熊本弁でしたね。『むぞらしかね~』(かわいらしい)っていうセリフがありました。天草では『みぞらしかね~』ですよね。みぞらしいという方言があるのは他に長崎で、天草弁が長崎弁に似ているのは天草が船で長崎と行き来していたという証拠でしょう。天領として長崎奉行が治めてた名残りですね。( ゚д゚)ハッ!脱線してしまったwここは御番所のブログじゃなかったので戻ります。
大まかな感想は、とてもおもしろかったです。物語の違和感は全くなかった。むしろ引き込まれすぎて作り話に思えなかった。近代化する前の日本では今回のに似たような話はほんとにあったのを話だけ聞いたことがある。どこかひっそりと外部と遮断されている場所では今だにあってるのだろうか?
作り話に思えなかったのはそれだけリアルに設定がされていたということでしょうね。
僕はこの地元歴史ブログを書いているように歴史や伝統を最重要視しているので、当初一方的に伝統を守る地元側立場で見るのかと思っていましたが、対立する問題が性の事でもあり心があるのでその伝統に納得出来ない人の言葉に揺さぶられた。
作者はどっちが大事だと伝えたかったのだろうか?それともそれは見たそれぞれの人達が判断してもいいのだろうか?もちろん僕の中では揺さぶられはしたが答えは変わっていない。
お話に出てきましたが土俵に女性は上がれないとかそういう伝統は守らないといけない事に理由を求めたがる。こういうので真っ先に女系天皇の事を思った。なぜ女系天皇が認められないのか。ここでは詳しく書く必要がないので書きませんが、この問題に似ている。これってもちろん遺伝子的な細かい事もあるんですけど一番わかり易い最大の理由にこういうのがある。
『ずっと男系で続けてきたから』以上。
これが理由じゃないようで理由であり歴史を大事にするということだそうだ。
今回のお話の風習がどれくらい続いてきたのかはわからない。でも長い間続いて来ているのは守っている人たちを見て伝わる。何十年何百年と続いてきたかもしれない。それに比べたった20年30年~しか生きていない後世の人が断ち切るのはいけない・・・っていうのが基本なんだけど今回のは沙織さんの気持ちが伝わりすぎてとてもとても切なく苦しかった。
我慢できずに涙を流しました。その会場の空気も相まってもうこれ以上続いたら心が耐えられないぎりぎりって思ってた所で亀久寿さんの笑いで空気を変えて負担を抜いてくれました。あそこ見てて超気持ちいい。涙を拭いながら笑う気持ち良い感じ。
演技というかリアルすぎて役者さんの心の負担の方が心配になっちゃうぐらいでした。演技が終わってもしばらく涙が止まらないんじゃないかなってw
佐右衛門三郎二郎さん、マンガのような驚きの顔にはほんと笑いました。貫通石のとこも笑わせて頂きましたwお笑い芸人さんですか?wおもしろい演技で終始楽しめました。あと個人的なことで直接言えなくてこの場で申し訳ないのですが年賀状お返事ありがとうございました(>_<)
千晶さん、スローのとき座って目を潤ませてるシーン、あそこキラキラしてました。絵になります。髪伸びました?そのまま伸ばします?
終わってからの撤収作業も少し拝見させていただきましたが、あんなにたくさんの裏方さんがいらっしゃるんですね。その一人ひとりの力が合わさって実際僕ら観客から見えるのは役者さんしかいなくて、役者さんはその方々の代表なんだなって思った。そう噛み締めながら見ると演劇の魅力ってほんと凄いな。演劇のことわかんないから普段ただの視聴者として普通に見てるだけなのでその大変さを理解してるつもりでも理解してなくてすみません。
東京公演も今週末あるので、もっともっと書きたいですがネタバレを避けてやめましょう。
大変楽しかったです。思いっきり泣いてストレス発散出来ました!僕自身も復調するのかな?やる気出さないとだな。
皆様お疲れ様でございました。ありがとうございました。
東京公演も成功しますようにお祈り申し上げます。
はじめましての人ははじめまして!
最近あることがあって絵の調子がすこぶる悪くて全く描けない・・・自分では描きたいのか描きたくないのかもわからない。
過去最大の絶不調というわけですよ。ほんと笑えない。もともと見に行く予定でしたが何か変わるきっかけを貰えるかもしれないと少し期待を持って行って来ました。

15日の熊日の芸能欄に載っておりました上の記事。
熊本の劇団ゼロソーの主宰が牛深出身で観劇に行くと毎回感想を書いております。
今回はゼロソーさんの演劇ではありませんが、そのゼロソー主宰の方の脚本を東京の第一線で活躍されている演出家さんが演出をされた。この演出家さんは宮崎出身で熊大を卒業後熊日で記者を4年ほどされた後東京に移られたそうだ。
主催は文化庁と日本劇団協議会で地方の芸術団体のレベルアップを図るという目的で国の予算が出てるとのこと。国も良い事業やってるんだな。
楽しみにしておりましたので17日の夜と18日のお昼と2回行って来ました。
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過疎化の問題にスカッシュというスポーツを使って町興しを考えている陸の孤島・美女都村。
その村にはいくつかの昔から伝わる風習や決まり事があった。その風習が現代にはそぐわないところがありどうしても認めたくない外部から嫁ぎに来た人と伝統だから守らなければならないという地元の人たちの間での物語。
九州の山奥という設定だったけど熊本弁でしたね。『むぞらしかね~』(かわいらしい)っていうセリフがありました。天草では『みぞらしかね~』ですよね。みぞらしいという方言があるのは他に長崎で、天草弁が長崎弁に似ているのは天草が船で長崎と行き来していたという証拠でしょう。天領として長崎奉行が治めてた名残りですね。( ゚д゚)ハッ!脱線してしまったwここは御番所のブログじゃなかったので戻ります。
大まかな感想は、とてもおもしろかったです。物語の違和感は全くなかった。むしろ引き込まれすぎて作り話に思えなかった。近代化する前の日本では今回のに似たような話はほんとにあったのを話だけ聞いたことがある。どこかひっそりと外部と遮断されている場所では今だにあってるのだろうか?
作り話に思えなかったのはそれだけリアルに設定がされていたということでしょうね。
僕はこの地元歴史ブログを書いているように歴史や伝統を最重要視しているので、当初一方的に伝統を守る地元側立場で見るのかと思っていましたが、対立する問題が性の事でもあり心があるのでその伝統に納得出来ない人の言葉に揺さぶられた。
作者はどっちが大事だと伝えたかったのだろうか?それともそれは見たそれぞれの人達が判断してもいいのだろうか?もちろん僕の中では揺さぶられはしたが答えは変わっていない。
お話に出てきましたが土俵に女性は上がれないとかそういう伝統は守らないといけない事に理由を求めたがる。こういうので真っ先に女系天皇の事を思った。なぜ女系天皇が認められないのか。ここでは詳しく書く必要がないので書きませんが、この問題に似ている。これってもちろん遺伝子的な細かい事もあるんですけど一番わかり易い最大の理由にこういうのがある。
『ずっと男系で続けてきたから』以上。
これが理由じゃないようで理由であり歴史を大事にするということだそうだ。
今回のお話の風習がどれくらい続いてきたのかはわからない。でも長い間続いて来ているのは守っている人たちを見て伝わる。何十年何百年と続いてきたかもしれない。それに比べたった20年30年~しか生きていない後世の人が断ち切るのはいけない・・・っていうのが基本なんだけど今回のは沙織さんの気持ちが伝わりすぎてとてもとても切なく苦しかった。
我慢できずに涙を流しました。その会場の空気も相まってもうこれ以上続いたら心が耐えられないぎりぎりって思ってた所で亀久寿さんの笑いで空気を変えて負担を抜いてくれました。あそこ見てて超気持ちいい。涙を拭いながら笑う気持ち良い感じ。
演技というかリアルすぎて役者さんの心の負担の方が心配になっちゃうぐらいでした。演技が終わってもしばらく涙が止まらないんじゃないかなってw
佐右衛門三郎二郎さん、マンガのような驚きの顔にはほんと笑いました。貫通石のとこも笑わせて頂きましたwお笑い芸人さんですか?wおもしろい演技で終始楽しめました。あと個人的なことで直接言えなくてこの場で申し訳ないのですが年賀状お返事ありがとうございました(>_<)
千晶さん、スローのとき座って目を潤ませてるシーン、あそこキラキラしてました。絵になります。髪伸びました?そのまま伸ばします?
終わってからの撤収作業も少し拝見させていただきましたが、あんなにたくさんの裏方さんがいらっしゃるんですね。その一人ひとりの力が合わさって実際僕ら観客から見えるのは役者さんしかいなくて、役者さんはその方々の代表なんだなって思った。そう噛み締めながら見ると演劇の魅力ってほんと凄いな。演劇のことわかんないから普段ただの視聴者として普通に見てるだけなのでその大変さを理解してるつもりでも理解してなくてすみません。
東京公演も今週末あるので、もっともっと書きたいですがネタバレを避けてやめましょう。
大変楽しかったです。思いっきり泣いてストレス発散出来ました!僕自身も復調するのかな?やる気出さないとだな。
皆様お疲れ様でございました。ありがとうございました。
東京公演も成功しますようにお祈り申し上げます。
タグ :義務ナジウム
2014年08月23日
忘れたくても思い出せないんすよ(イミフ)
21日と22日に代表が牛深出身の劇団ゼロソーさんの公演に行って来ました。
見に行ったら感想を書くのを毎回お約束にしようかな。の前にご報告。
牛深八景の本はもう少し準備に時間かかりそうです。その分暖めてますのでお許しをm(__)m
ご報告ついでに、御所浦の恐竜絵画コンテストで銅賞頂きました。副賞でいろんな恐竜グッズも頂きました。関係者の方ありがとうございました。それと熊本市のマンホールデザインの募集が先日あっていまして私が応募してたデザインがTV局の賞を頂いたと連絡があった。
パチパチパチ。おめでとーおめでとー(自分でお祝いw)あざっす。報告ここまで。
話戻しますハイこれ!

びわの絵がうまい。この色調好きだなー。おされ。
そしてこのロゴの完成度。美しい。しばらく見とれていたら後学のためデザイン分析したくなってやってみた。

やばいなこの黄金分率。このロゴ作った人天才かと。
・・・
・・・
・・・
wwww嘘です。そんなでたらめなデザイン分析ありません。いたずらが過ぎました。
あ、でもこのポスターデザインがいいのはほんとです。
*.♪★*・゜・*♪*.♪★*・゜*.♪★*・゜・*♪*.♪★*・゜*.♪★*・゜・*♪*.
原作者が牛深自動車学校で自動車免許をとったことがきっかけでこの物語は生まれました。
2回とも私は見ることが出来ました。ゼロソーさんの演劇は見る回数を重ねるごとに物語の理解度が増し同じものを何度見ても新鮮で面白い。
お話と関係ない会場での注意事項館内アナウンスも毎回変化があり、そんなところまでこだわって作っているのも聞いてて面白い。
2回めの公演では役者さんたちもノッっていたのかな?とても良かった。
泣けました。
メゾン一刻というアニメのことが出てきて個人的にはびっくりしました。僕も子供の頃見てた。
なぜびっくりしたかと言うと、『あなたの恋愛観はどこから来てるのですか?』と聞かれたら、僕はその子供の頃見たメゾン一刻からと間違いなく答える。
大人になり、マンガ本ももちろん集め、アニメDVDも買った。その記憶のシーンを何十年ぶりかに見てとても感動した。今でももちろんそれは変わらない大事なもの。高橋留美子さんが好きとか話の中の管理人さんが好きとかそういうわけではなくその1シーンが当時子供だった経験したことのない恋愛というものの存在を教えてくれた。ゼロソーの原作者とそんな話はしたことがないけれど、もしかして同じ感情を持っていたのかもしれないな。今更恥ずかしくて面と向かって聞けないのでここに書いた。
演技についてはいつものように私が言えることは何もないのですが、今回も役者さんはすげぇって思った。
個人的な好みなのだと思いますが、コミヤさんの彼女が凄いタイプです。役者さん本人のことを言っているのではなく演じてる役が、演技がです。
ああいうのどうやって演技指導してるんだろう??会話してなくてもコミヤさんを見つめてる表情とか端々に好きの感情が出てた。ああいう仕草や空気を僕もマンガで表現したいといつも思ってるけど形にできていません。
そして彼女は声が抜群にいい。それをとても効果的に使ってあるところがあってすげぇ気持ちいいって思った。公演後に代表にそれは狙ってやったの?と聞いたら、たまたまだったそうだw偶然の産物だったものが神がかり的な結果を産んでたw。さらに彼女のお話を少しお聞きした所、歌もとてもうまいそうだ。そう、民謡とか歌ってそうって勝手に思ってた。歌聞いてみたいな。
場つなぎの音響も夜の照明もいつもながらこちらのクオリティも凄い。お疲れ様でございました。
ミズホさんの泣くラストシーンも2回めは特等席で拝見しましたので細かい表情まで見えた。あれ見たら泣かない人いませんって。あそこで『♪君と夏の終わり~将来の夢~♪』って流れてきたら声出して号泣する自信あるわw『それあの花効果だろ』ってツッコミはなしでw
役者さん全員について書きたいですけど・・・長くなりすぎてウザいのでストーリーについての個人的な感想を書いて終わりにします。
特に言いたいとこ。コミヤさんがカップラーメン何度もお湯入れて持ってくるシーン。僕が原作者だったとしてこれ思いついた時、絶対ガッツポーズするわ。うぉーめちゃめちゃいいの思いついた!ってw面白すぎます。
そしてストーリー全般とてもキレイだったと思うのを前提に、コミヤさんをアミノさんが追い込んだ後、ミズホさんやルミさんやサイナさんの内、何人か追い打ちかけたほうが見てる側はもっとすっきり泣けるのではないかなと思います。おそらく原作者はそこも考えたと思うけどそうしなかったことに意味があるんだろうなっては思います。原作者の優しさなんでしょうね。
あとマニキュアの意味が少しわかりづらかった。劇中何回も塗っているマニキュアの瓶1本は半年間以上塗っても無くならないものなのかなぁ?大事なのか大事じゃないのかどっちにもとれる印象が違和感でした。
あと付け足すとしたら亡くなった方に感情移入ができづらいのでもう少し想い出のエピソードが欲しかったかな。あまり知らない人の事で取り乱すぐらいは泣けないから。
とここまで書きましたがこれはマンガだったらここまでわかりやすくするっていうお話で演劇についてではありませーん。わたしはベタな話が好きなので超個人的な好みを書いたのです。
ゼロソーのみなさま、大変楽しかったです。お疲れ様でございました。また次回を楽しみにしております。

見に行ったら感想を書くのを毎回お約束にしようかな。の前にご報告。
牛深八景の本はもう少し準備に時間かかりそうです。その分暖めてますのでお許しをm(__)m
ご報告ついでに、御所浦の恐竜絵画コンテストで銅賞頂きました。副賞でいろんな恐竜グッズも頂きました。関係者の方ありがとうございました。それと熊本市のマンホールデザインの募集が先日あっていまして私が応募してたデザインがTV局の賞を頂いたと連絡があった。
パチパチパチ。おめでとーおめでとー(自分でお祝いw)あざっす。報告ここまで。
話戻しますハイこれ!

びわの絵がうまい。この色調好きだなー。おされ。
そしてこのロゴの完成度。美しい。しばらく見とれていたら後学のためデザイン分析したくなってやってみた。

やばいなこの黄金分率。このロゴ作った人天才かと。
・・・
・・・
・・・
wwww嘘です。そんなでたらめなデザイン分析ありません。いたずらが過ぎました。
あ、でもこのポスターデザインがいいのはほんとです。
*.♪★*・゜・*♪*.♪★*・゜*.♪★*・゜・*♪*.♪★*・゜*.♪★*・゜・*♪*.
原作者が牛深自動車学校で自動車免許をとったことがきっかけでこの物語は生まれました。
2回とも私は見ることが出来ました。ゼロソーさんの演劇は見る回数を重ねるごとに物語の理解度が増し同じものを何度見ても新鮮で面白い。
お話と関係ない会場での注意事項館内アナウンスも毎回変化があり、そんなところまでこだわって作っているのも聞いてて面白い。
2回めの公演では役者さんたちもノッっていたのかな?とても良かった。
泣けました。
メゾン一刻というアニメのことが出てきて個人的にはびっくりしました。僕も子供の頃見てた。
なぜびっくりしたかと言うと、『あなたの恋愛観はどこから来てるのですか?』と聞かれたら、僕はその子供の頃見たメゾン一刻からと間違いなく答える。
大人になり、マンガ本ももちろん集め、アニメDVDも買った。その記憶のシーンを何十年ぶりかに見てとても感動した。今でももちろんそれは変わらない大事なもの。高橋留美子さんが好きとか話の中の管理人さんが好きとかそういうわけではなくその1シーンが当時子供だった経験したことのない恋愛というものの存在を教えてくれた。ゼロソーの原作者とそんな話はしたことがないけれど、もしかして同じ感情を持っていたのかもしれないな。今更恥ずかしくて面と向かって聞けないのでここに書いた。
演技についてはいつものように私が言えることは何もないのですが、今回も役者さんはすげぇって思った。
個人的な好みなのだと思いますが、コミヤさんの彼女が凄いタイプです。役者さん本人のことを言っているのではなく演じてる役が、演技がです。
ああいうのどうやって演技指導してるんだろう??会話してなくてもコミヤさんを見つめてる表情とか端々に好きの感情が出てた。ああいう仕草や空気を僕もマンガで表現したいといつも思ってるけど形にできていません。
そして彼女は声が抜群にいい。それをとても効果的に使ってあるところがあってすげぇ気持ちいいって思った。公演後に代表にそれは狙ってやったの?と聞いたら、たまたまだったそうだw偶然の産物だったものが神がかり的な結果を産んでたw。さらに彼女のお話を少しお聞きした所、歌もとてもうまいそうだ。そう、民謡とか歌ってそうって勝手に思ってた。歌聞いてみたいな。
場つなぎの音響も夜の照明もいつもながらこちらのクオリティも凄い。お疲れ様でございました。
ミズホさんの泣くラストシーンも2回めは特等席で拝見しましたので細かい表情まで見えた。あれ見たら泣かない人いませんって。あそこで『♪君と夏の終わり~将来の夢~♪』って流れてきたら声出して号泣する自信あるわw『それあの花効果だろ』ってツッコミはなしでw
役者さん全員について書きたいですけど・・・長くなりすぎてウザいのでストーリーについての個人的な感想を書いて終わりにします。
特に言いたいとこ。コミヤさんがカップラーメン何度もお湯入れて持ってくるシーン。僕が原作者だったとしてこれ思いついた時、絶対ガッツポーズするわ。うぉーめちゃめちゃいいの思いついた!ってw面白すぎます。
そしてストーリー全般とてもキレイだったと思うのを前提に、コミヤさんをアミノさんが追い込んだ後、ミズホさんやルミさんやサイナさんの内、何人か追い打ちかけたほうが見てる側はもっとすっきり泣けるのではないかなと思います。おそらく原作者はそこも考えたと思うけどそうしなかったことに意味があるんだろうなっては思います。原作者の優しさなんでしょうね。
あとマニキュアの意味が少しわかりづらかった。劇中何回も塗っているマニキュアの瓶1本は半年間以上塗っても無くならないものなのかなぁ?大事なのか大事じゃないのかどっちにもとれる印象が違和感でした。
あと付け足すとしたら亡くなった方に感情移入ができづらいのでもう少し想い出のエピソードが欲しかったかな。あまり知らない人の事で取り乱すぐらいは泣けないから。
とここまで書きましたがこれはマンガだったらここまでわかりやすくするっていうお話で演劇についてではありませーん。わたしはベタな話が好きなので超個人的な好みを書いたのです。
ゼロソーのみなさま、大変楽しかったです。お疲れ様でございました。また次回を楽しみにしております。

2014年03月24日
僕もその縫い目から溢れだすほどに満たして欲しい(牛深舞台の演劇)
古来より日本では月を神聖なるものと考えその年最初の満月を小正月と呼び、ちょうど半分に当たる満月日をいわゆるお盆という。
お盆とは仏教だと思っている方が多いと思いますが、もともと神道にあった先祖の霊を祀るものに仏教が合わさって仏教神事となったものなのだ。
さてさて、牛深第五景で描いた通天公園からの夕日のイラストを提供させてもらってましたがそのイラストを使っていただいた劇団ゼロソーさんの公演が22日と23日あった。
牛深総合センターでの公演も以前何度かあってましたのでゼロソーご存知の方もいらっしゃるかな?
代表の方が牛深出身で、今回は牛深を舞台にした物語だということで通天公園からの景色依頼だったわけです。
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『チッタチッタの抜け殻を満たして、と僕ら』
舞台はとある田舎の港町。
幼少期をこの町で過ごし、今は地元を離れたそれぞれの場所で生活を送る青年らが、
ある夏、約20年ぶりに集合、してしまった。…彼らのアイドル、チッタチッタの家の仏壇の前で。
額に1本の線路みたいな大きな傷をもった少女、チッタチッタ。きっと死因はその傷が示す彼女の持病にあったのだろう。
彼女の遺影を前に思い出語りをする同級生たち。
と、突如、彼らの目の前に幼い頃のままのチッタチッタとその愉快な仲間たち(妖怪?幽霊?)が現れた!
幼なじみたちにしか見えていないチッタチッタと、チッタチッタが見えない地元の人達が織りなす、ゼロソー式80年代ジュブナイル・シットコム。
港町の潮の香りに少しだけ切なさも味付けして、ゼロソー総出演でお送りします。
-----------------------------------------------
うはぁこれはおもしろそーってことで2回観劇させてもらいました。
このチッタチッタとは牛深の言葉かな?天草の言葉かな?まぁいわゆる・・・言いにくいことはっきり説明してしまえば知的障害者のことで、ちった(少しばかり)脳の発達が鈍い人のことの通称だ。
これだけの説明ではこの作品がバッシングされそうなのですが、この作者はこのチッタチッタの抱える問題に真摯に向き合い、それを優しく包み込む愛情いっぱいのバッシングすらはねのける作品に仕上げた。
あ、えと・・・このブログまでパンフで宣伝してもらってました。ありがとうございましたm(__)m
道案内などにもイラスト使われてましたがさらに嬉しい事にいろんなグッズにもイラスト使われてました。

このイラストの牛深第五景→こちら
*.♪★*・゜・*♪*.♪★*・゜*.♪★*・゜・*♪*.♪★*・゜*.♪★*・゜・*♪*.
こんにちわ!
はじめましての人ははじめまして!
で、そのお話がお盆のお話だったのです。
感想です。
まだ都城公演が残っているとのことなのでストーリーは書きません。2回見たうちの2回目は1回目よりも深く理解でき泣きました。
なんといってもチッタチッタの可愛さでしょうね。
目の前で見る役者さんの迫力っていうのはテレビや映画とは違い終始役者さん凄いなぁってドキドキしながら物語に引き込まれました。
ただ見るだけではなくて絵を描くものとしてたくさん目に焼き付けたくて、役者さんの表情はもちろん指先の動きとかお客さんの目線が集まってる時の他の役者さんの動きとかそのときそのときの小道具の場所とか細く見させてもらいました。もちろん全部は見ること出来なかったけど片時も目を離せなかった。
物語上自然にその登場人物がそこにいるように見えるのに、すべてがその場所でなくてはならずすべて計算された物を自然に見せられていることに気がつくと演劇に対して無知である私は、その魅力はとてつもなく大きなものに感じられてうわぁすげぇってなる。
天草に関しては栖本と下浦の妖怪である油すましやアマビエなども天草由来でおもしろかったですね。いつか牛深の浦島伝説のお話も作って!資料は私がいろいろ持ってるからその時は渡します(+_+)
ほんと個人的な好みの問題になるのか一言だけストーリーについて書くと、チッタチッタを見える人と見えない人の違いは何なのかを知りたかった。見えないけどそこにいる。見えないけど見たい!で感情移入したかったです。
今回も書きたいことはいっぱいありますが、これ以上書くとネタばらしになりそうだし、劇団の関係者にはうざがられそうwなのでやめましょうw
最初に書いたように物語の季節はお盆ということでその夏というものはノスタルジックにさせてくれます。
照明も夕日の演出だったりセミの音響だったり効果的に使用してあって牛深を想い幼少期を懐かしみました。あ!指定されてなかったけどこの絵は夏の牛深の絵だったー!描いたのが違う季節じゃなくて良かった。
先日3月21日は春分の日でした。今回公演日が3月22日23日ということで、春分の日前後3日間はお彼岸の時期に重なります。お盆が月に対しての神事に対して、このお彼岸は太陽に対しての神事なのです。
しつこいようですがこれも仏教だと思ってる方がたくさんいらっしゃると思います。
お彼岸も元々は神道であり仏教神事であります。もう少し詳しく言いますとお盆はご先祖様(亡くなった方)の方から降りてきてくださる神事でお彼岸は生きている人々からご先祖様(亡くなった方)に近づいて祀る神事です。
その意味でいえばゼロソーさんがここまで考えてこの日に公演をしたのかはわかりませんが私はお彼岸にこの物語が公演されたことをとても素晴らしく思います。チッタチッタの事を想う人々はチッタチッタに自分の意志で近づいた。こんなにも物語とマッチして美しい公演日はないでしょう。
劇団ゼロソーのみなさまおつかれさまでした。そしてありがとうございました。
お盆とは仏教だと思っている方が多いと思いますが、もともと神道にあった先祖の霊を祀るものに仏教が合わさって仏教神事となったものなのだ。
さてさて、牛深第五景で描いた通天公園からの夕日のイラストを提供させてもらってましたがそのイラストを使っていただいた劇団ゼロソーさんの公演が22日と23日あった。
牛深総合センターでの公演も以前何度かあってましたのでゼロソーご存知の方もいらっしゃるかな?
代表の方が牛深出身で、今回は牛深を舞台にした物語だということで通天公園からの景色依頼だったわけです。
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『チッタチッタの抜け殻を満たして、と僕ら』
舞台はとある田舎の港町。
幼少期をこの町で過ごし、今は地元を離れたそれぞれの場所で生活を送る青年らが、
ある夏、約20年ぶりに集合、してしまった。…彼らのアイドル、チッタチッタの家の仏壇の前で。
額に1本の線路みたいな大きな傷をもった少女、チッタチッタ。きっと死因はその傷が示す彼女の持病にあったのだろう。
彼女の遺影を前に思い出語りをする同級生たち。
と、突如、彼らの目の前に幼い頃のままのチッタチッタとその愉快な仲間たち(妖怪?幽霊?)が現れた!
幼なじみたちにしか見えていないチッタチッタと、チッタチッタが見えない地元の人達が織りなす、ゼロソー式80年代ジュブナイル・シットコム。
港町の潮の香りに少しだけ切なさも味付けして、ゼロソー総出演でお送りします。
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うはぁこれはおもしろそーってことで2回観劇させてもらいました。
このチッタチッタとは牛深の言葉かな?天草の言葉かな?まぁいわゆる・・・言いにくいことはっきり説明してしまえば知的障害者のことで、ちった(少しばかり)脳の発達が鈍い人のことの通称だ。
これだけの説明ではこの作品がバッシングされそうなのですが、この作者はこのチッタチッタの抱える問題に真摯に向き合い、それを優しく包み込む愛情いっぱいのバッシングすらはねのける作品に仕上げた。
あ、えと・・・このブログまでパンフで宣伝してもらってました。ありがとうございましたm(__)m
道案内などにもイラスト使われてましたがさらに嬉しい事にいろんなグッズにもイラスト使われてました。

このイラストの牛深第五景→こちら
*.♪★*・゜・*♪*.♪★*・゜*.♪★*・゜・*♪*.♪★*・゜*.♪★*・゜・*♪*.
こんにちわ!
はじめましての人ははじめまして!
で、そのお話がお盆のお話だったのです。
感想です。
まだ都城公演が残っているとのことなのでストーリーは書きません。2回見たうちの2回目は1回目よりも深く理解でき泣きました。
なんといってもチッタチッタの可愛さでしょうね。
目の前で見る役者さんの迫力っていうのはテレビや映画とは違い終始役者さん凄いなぁってドキドキしながら物語に引き込まれました。
ただ見るだけではなくて絵を描くものとしてたくさん目に焼き付けたくて、役者さんの表情はもちろん指先の動きとかお客さんの目線が集まってる時の他の役者さんの動きとかそのときそのときの小道具の場所とか細く見させてもらいました。もちろん全部は見ること出来なかったけど片時も目を離せなかった。
物語上自然にその登場人物がそこにいるように見えるのに、すべてがその場所でなくてはならずすべて計算された物を自然に見せられていることに気がつくと演劇に対して無知である私は、その魅力はとてつもなく大きなものに感じられてうわぁすげぇってなる。
天草に関しては栖本と下浦の妖怪である油すましやアマビエなども天草由来でおもしろかったですね。いつか牛深の浦島伝説のお話も作って!資料は私がいろいろ持ってるからその時は渡します(+_+)
ほんと個人的な好みの問題になるのか一言だけストーリーについて書くと、チッタチッタを見える人と見えない人の違いは何なのかを知りたかった。見えないけどそこにいる。見えないけど見たい!で感情移入したかったです。
今回も書きたいことはいっぱいありますが、これ以上書くとネタばらしになりそうだし、劇団の関係者にはうざがられそうwなのでやめましょうw
最初に書いたように物語の季節はお盆ということでその夏というものはノスタルジックにさせてくれます。
照明も夕日の演出だったりセミの音響だったり効果的に使用してあって牛深を想い幼少期を懐かしみました。あ!指定されてなかったけどこの絵は夏の牛深の絵だったー!描いたのが違う季節じゃなくて良かった。
先日3月21日は春分の日でした。今回公演日が3月22日23日ということで、春分の日前後3日間はお彼岸の時期に重なります。お盆が月に対しての神事に対して、このお彼岸は太陽に対しての神事なのです。
しつこいようですがこれも仏教だと思ってる方がたくさんいらっしゃると思います。
お彼岸も元々は神道であり仏教神事であります。もう少し詳しく言いますとお盆はご先祖様(亡くなった方)の方から降りてきてくださる神事でお彼岸は生きている人々からご先祖様(亡くなった方)に近づいて祀る神事です。
その意味でいえばゼロソーさんがここまで考えてこの日に公演をしたのかはわかりませんが私はお彼岸にこの物語が公演されたことをとても素晴らしく思います。チッタチッタの事を想う人々はチッタチッタに自分の意志で近づいた。こんなにも物語とマッチして美しい公演日はないでしょう。
劇団ゼロソーのみなさまおつかれさまでした。そしてありがとうございました。